中桐 麻佑
私は、3ヶ月ニュージーランドに留学した。最初私は留学に行く気はなかったが、このままではだめだと思い、思い切って留学へ行くことを決意した。留学へ行くことが決まった私は毎日不安でたまらなかった。
しかし初めて見たニュージーランドの景色はもう言葉にできないくらい美しいものだった。絶対日本では見られない光景ばかりだった。ワイカト大学に着くと、ホストファミリーと対面した。本当に英語も片言のまま私の留学生活が始まった。
私のホストファミリーは、パパのブリガン、ママのレイアン、子供は長女のミランと弟のキャロスの4人家族だった。ブリガンは、31歳で弁護士、レイアンは、29歳で元高校の教師だそうだ。ミランは3歳で、キャロスは1歳だった。
私は、家に着いてある程度の説明を聞き、時差ボケで疲れているから寝ておいでと言われ自分の部屋へ行って、ドアを閉めた瞬間涙がボロボロ落ちてきたのだ。本当にこの自分は3ヶ月半も生活できるのだろうか。英語は通じるのだろうか。いろんな不安が込み上げてきて、涙が止まらなかった。
学校では初日からテストが行われ、「ジェネラルイングリッシュ」という授業を1週間うけた後、テストが行われ、次は「アカデミックコース」という集中英語クラスに移動した。私は、本当に英語が出来なかったのでレベル1。しかし担当のマリア先生が、本当に大好きで、この3ヶ月助けられた。授業はとても分かりやすいし、最高だった。レベル1は、日本人とサウジアラビアと台湾という割合のクラスだった。サウジアラビアなんて、留学に来ないと絶対出会えない仲間たちだし、本当にいい人達ばかりだった。留学に行く前はサウジアラビアがどこにあるかも知らなかった私が、英語で会話しているとは考えられなかった。
この3ヶ月半でもう話しきれないほどの出会いがあり、涙あり、笑いありだった。ホームステイの家族の人は良い人だった。しかし生活面ではやはり気を遣う。それ以上に一番辛かったのが、言いたいことが伝えられなかったことである。日本でちゃんと勉強しておけば良かったと思った。これは後輩たちには伝えていきたいと思う。自分の英語力のなさが本当に情けなかった。しかし、マリア先生のおかげで、帰る頃には相手の言っていることが分かりだした。マリア先生だけでなく他にも私に携わってくれた先生方に本当に感謝している。留学へ行って、いかに自分が甘えた生活を送っていたかが分かった。また、視野も広がったし今日本に帰国して見えてくるものが行く前とは違うような気がする。
この留学で学んだことは、自分と向き合って逃げずにいかに頑張れるかが重要であることだ。英語にしても人間関係にしても、まず自分と向き合い、人と向き合うからこそ解決方法があると思う。自分で言うのも恥ずかしいが、留学に行って少しは逃げずに頑張ったからこそ、日本へ帰国するのが寂しかったのだと思う。ニュージーランドでの出来事は一生忘れることはないだろう。また10年後ぐらいに行ってみたいと思う。その時は、胸を張って「ただいま」と言いたい。
(国際学部学生 2009年入学)
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